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東京地方裁判所 平成8年(ワ)15863号 判決 1997年12月25日

原告 甲野太郎

被告 乙山一郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成八年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告及び被告は、ともに東京弁護士会に所属する弁護士である。

2  原告は、有限会社瀧山企画を本訴原告(反訴被告)、瀧山恵美子を本訴被告(反訴原告)とする東京地方裁判所平成七年(ワ)第二一一八六号帳簿引渡等本訴請求事件及び同年(ワ)第二三五六六号持分の対価等反訴請求事件(以下「本件第一事件」という。)の本訴被告(反訴原告)訴訟代理人であるとともに、瀧山恵美子及び瀧山賢を原告、本件被告を被告とする同裁判所平成八年(ワ)第二一五〇号損害賠償請求事件(以下「本件第二事件」という。)の原告ら訴訟代理人である。

被告は、本件第一事件の本訴原告(反訴被告)訴訟代理人であり、本件第二事件の被告本人である。

3  被告による強要及び脅迫行為

(一) 被告は、原告に対し、本件第一事件の平成八年四月一七日の弁論兼和解期日において、同事件の担当裁判官である玉越義雄裁判官(以下「玉越裁判官」という。)の面前において、訴訟の準備書面の形をした文書を示して、「これは、甲野弁護士の名誉に関する文書である。」と申し向け、本件第二事件の取下げを要求し、右要求に応じなければ、右文書が準備書面として訴訟の場に提出され、その内容が公然化するかもしれないと原告を畏怖させた。

(二) 被告は、原告に対し、本件第一事件の平成八年五月二三日の弁論兼和解期日において、玉越裁判官の面前において、「こういうことをすると(本件第二事件の原告ら訴訟代理人になると)、ぼろぼろにしてやる。」と申し向け、原告の身体、名誉等に危害を加うべきことを示して、原告を脅迫した。

(三) 被告は、平成七年四月二六日付け「御通知」と題する書面において、

「瀧山恵美子が前第一点記載の金品(会社所有現金預金一〇七八万八三五四円、会社関係書類一切等)を右期限内に引渡さず且つそのことにつき犯罪の疑いあるときは、所定罪名により中野警察署に対し、同人及び共謀の疑いある関係者(甲野)を、刑事告訴する。」と、さらに平成七年二月一〇日付け社員総会招集許可申請書において、「瀧山恵美子は、……会社財産について……如何なる不正不当消費しているか測り知れない嫌疑がある。」とそれぞれ記載し、これにより原告の身体、名誉等に危害を加うべきことを示して、原告を脅迫するなどした。

(四) 被告は、本件第二事件の準備書面において、「(原告が)「裁判官に対する訴」の即時取り下げに応じないときは、所定監督機関にたいし断固たる措置を請求する所存である。」と述べたところ、被告には右措置を請求する意思がなく、または、その意思が不確定であるにもかかわらず、原告に対し殊更断固たる措置を請求することを通知し、これにより原告の名誉等に危害を加うべきことを示して、原告を脅迫した。

4  被告による訴訟妨害

被告は、原告に対し、本件第二事件の平成八年五月二三日の口頭弁論期日において、同事件の担当裁判官である市川頼明裁判官(以下「市川裁判官」という。)の面前において、「本件については、玉越裁判官立会いの上、乙山弁護士と甲野弁護士との間で、取下げの合意が成立した。」と虚偽の事実を述べ、かつ、その旨の記載のある準備書面を提出した。

5  被告による名誉毀損

被告は、次のとおり原告の名誉を毀損する事実を述べた。

(一) 本件第一事件の準備書面において、「本件訴訟等追行過程において、ある訴訟関係人は何等正当の理由も無く裁判官忌避中立(申立て)を為し」、「全く濫訴と見る他無い本件関連別件訴訟(御庁民事第三九部系属(係属)平成八年(ワ)第一五八六三号事件)においては虚偽ねつ造の事実の立証を口実として本件訴訟裁判官を証人申請する等およそ常軌を逸する訴訟活動を平然と敢行している。」、「(右のような訴訟活動を敢行することは)現行民事裁判制度を機能不全に陥し入れかねない危険をはらむ非違行為と断ぜざるを得ず」という事実を述べた。

(二) 本件第二事件の答弁書及び準備書面において、「(原告は、被告に対する)侮辱中傷等の誹謗をくり返し、……(被告の)個人攻撃(をしている。)」、「(このような原告の行為は、)弁護士倫理(に反している。)」、「(原告の行為は、)卑劣邪道な訴訟行為である。」、「(原告は)度重なる侮辱中傷等の誹謗等一連の非違行為(がある。)」、「(原告が)裁判官に危害を及ぼすに至り」という事実を述べた。

(三) 本件事件の答弁書及び準備書面において、「本件訴状請求原因三以下の記載は、全くの虚偽と徹底した事実歪曲による捏造であり、一読唯々唖然とするばかりである。」、「原告は、本訴訟において軽々かつ頻々と随処に本職(被告)を「犯罪」者呼ばわりしている。……右所為は右弁護士倫理に激しく抵触する「非違行為」を構成する嫌疑(が)ある。」、「(原告が)虚偽とねつ造を事としている。」、「(原告が)「理性と良心」を喪失している。」、「甲第七号証(訴取下げ合意主張書面)が原告の虚偽事実ねつ造の資料として悪用された。」という事実を述べた。

6  原告は、被告の右各行為により精神的苦痛を被ったが、これを金銭に換算すれば、金二〇〇万円を下ることはない。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3(一)ないし(四)、4、5(一)ないし(三)及び6の各事実はいずれも否認ないし争う。

第三当裁判所の判断

一  請求原因1及び2の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  請求原因3(一)ないし(四)の事実(被告による強要及び脅迫行為)について判断する。

1  原告は、被告において原告に対し、本件第一事件の平成八年四月一七日の弁論兼和解期日において、訴訟の準備書面の形をした文書を示して、「これは、甲野弁護士の名誉に関する文書である。」と申し向け、本件第二事件の取下げを要求し、右要求に応じなければ、右文書が準備書面として訴訟の場に提出され、その内容が公然化するかもしれないと原告を畏怖させたと主張し、その本人尋問において、右期日に被告が原告の名誉に関する文書である旨告げた上、準備書面を原告と玉越裁判官に交付したこと、その後被告は原告に対し、本件第二事件を取り下げるように要請したこと、原告が右取下げを拒否したところ、原告が右準備書面の内容を見ないうちに被告は右準備書面を撤回したことをそれぞれ供述する。

しかしながら、証拠(甲五、六、乙二、被告本人)によれば、本件第一事件において原告が作成した答弁書(本訴)には、「被告には、会社経理の初歩さえ理解する能力がないことを示している。」、「……これを引き渡せとの主張は法律の初歩をも理解出来ない者の妄言に過ぎない。」との記載があった上(被告は原告に対し、平成八年一月三一日付け反訴答弁書において、右記載が黙過できない表現であるとして、弁護士倫理に違反していないか釈明を求めている。)、被告は有限会社瀧山企画の代表取締役である鹿目純子らの代理人として作成した社員総会招集許可申請書において、本件第一事件の本訴被告(反訴原告)である瀧山恵美子らの名誉を毀損したなどとして、原告が右瀧山らの訴訟代理人となり、右鹿目らではなく、その代理人である被告に対し、平成八年二月慰謝料の支払を求める本件第二事件を提起したこと等から、被告は原告が被告を個人攻撃しており、原告の右各行為は弁護士倫理に違反しているのではないかと考えていたこと、そこで被告は右弁論兼和解期日において、玉越裁判官と原告に対し、右の考えを口頭で説明し、被告に対する個人攻撃を止めるように要請するとともに、右の点の記載がある準備書面をいったん提出したこと、その上で右準備書面の要旨をさらに口頭で説明したこと等の事実が認められる。

右認定事実によれば、被告は原告に対し、右弁論兼和解期日において、本件第二事件の取下げを含め被告に対する個人攻撃を止めるように要請したことは窺われるものの、右準備書面の内容は専ら原告の個人攻撃が弁護士倫理の観点から許されないということが記載されていたものであり、いたずらに原告の名誉を毀損することを目的として作成されたものではないのであって、被告において右準備書面の提出により原告を畏怖させた上、本件第二事件を取り下げさせようという意図を有していたとまでは認め難い。

したがって、請求原因3(一)についての原告の主張は理由がない。

2  原告は、被告において原告に対し、本件第一事件の平成八年五月二三日の弁論兼和解期日において、「こういうことをすると(本件第二事件の原告ら訴訟代理人になると)、ぼろぼろにしてやる。」と申し向け、原告の名誉等に危害を加うべきことを示して、原告を脅迫したと主張し、これに沿う供述をする。

しかしながら、原告に対して右のような言動をしたことはないとの被告の供述に照らし、原告の右供述は容易に信用することができず、外に原告の右主張を認めるに足りる的確な証拠はない。

したがって、請求原因3(二)の主張も理由がない。

3  原告は、被告が「御通知」と題する書面等において、「瀧山恵美子が前第一点記載の金品(会社所有現金預金一〇七八万八三五四円、会社関係書類一切等)を右期限内に引渡さず且つそのことにつき犯罪の疑いあるときは、所定罪名により中野警察署に対し、同人及び共謀の疑いある関係者(岩下)を、刑事告訴する。」等と記載し、これにより原告の身体、名誉等に危害を加うべきことを示して、原告を脅迫するなどしたと主張する。

しかしながら、甲二四によれば、「共謀の疑いのある関係者」とあるだけで、「共謀の疑いのある関係者(甲野)」とは記載されていないことが認められ、共謀の疑いのある関係者に原告が含まれるというのは原告の推測に過ぎないというべきである。

したがって、請求原因3(三)についての原告の主張も理由がない。

4  被告は、本件第二事件の準備書面において、「(原告が)「裁判官に対する訴」の即時取り下げに応じないときは、所定監督機関にたいし断固たる措置を請求する所存である。」と述べたところ、被告には右措置を請求する意思がなく、または、その意思が不確定であるにもかかわらず、原告に対し殊更断固たる措置を請求することを通知し、これにより原告の名誉等に危害を加うべきことを示して、原告を脅迫したと主張する。

しかしながら、被告は右訴えの提起が問題のある行為であると考え、その取下げをしない場合には、正規の手続を採ることを告知したに過ぎず、また、被告において右措置を採る意思がなかった等と認めるに足りる証拠はない。

したがって、請求原因3(四)についての原告の主張も理由がない。

三  請求原因4の事実(被告による訴訟妨害)について判断する。

原告は、被告において原告に対し、本件第二事件の平成八年五月二三日の口頭弁論期日において、市川裁判官の面前において、「本件については、玉越裁判官立会いの上、乙山弁護士と甲野弁護士との間で、取下げの合意が成立した。」と虚偽の事実を述べ、かつ、その旨の記載のある準備書面を提出したと主張し、これに沿う供述をする。

しかしながら、被告は前記認定に係る本件第一事件の平成八年四月一七日の弁論兼和解期日において、被告が原告に対し、本件第二事件の訴訟提起を含め原告の行為は被告に対する個人攻撃であるから撤回して欲しいと言ったところ、原告はその直後に「分かりました。」と破顔一笑して全て撤回する旨話したことから、原告において本件第二事件を取り下げるものと理解したと供述している。しかるに、前記認定のとおり被告は、その後原告の行為が弁護士倫理に違反する旨の記載がある準備書面の提出を留保したことが認められる上、仮に被告が供述する右経緯がなかったとすれば、被告が本件第二事件の担当裁判官の面前において、原告から直ちに否定されるような事実を述べたりすることなどは通常考え難いといわざるを得ない。そうすると、原告のいう撤回の意味が仮に本件第二事件の取下げまで含まないものであったとしても、被告において、原告により右取下げの意思が示されたと考えたのも無理からぬ面があるというべきである。

その上、本件第二事件の担当裁判官の面前において、被告において一方的に取下げの合意が成立したと述べるなどしたからといって、これにより直ちに訴訟終了の効果が発生するものではないことはいうまでもないことであり、現に同事件は審理中である(弁論の全趣旨)。

したがって、請求原因4についての原告の主張も理由がない。

四  請求原因5(一)ないし(三)の事実(被告のよる名誉毀損)について判断する。

弁論主義を原則とする民事訴訟においては、当事者が十分に主張立証を尽くす事が重要であり、一方当事者の主張における表現が、感情的で激しく、相手方の名誉感情等を損なうものであり、その後の審理において右主張が真実であると認定できなかったとしても、その当事者において故意に、かつ、専ら相手方を中傷誹謗する目的のもとに、著しく適切さを欠く非常識な表現により主張した等の特段の事情がない限り、直ちにこれをもって名誉毀損として違法と評価することは相当ではないというべきである。

これを本件についてみるに、原告が指摘する被告の表現の中には感情的で激しく、原告の名誉感情を損なう内容のものも見受けられないではないが、前記認定に係る本件第一、第二事件及び本件訴訟における審理の経過、右表現における前後の脈絡(甲六、一六、二三、三一、当裁判所に顕著な事実)等本件に現われた一切の事実関係に、弁護士の職責が極めて重大であり、その訴訟活動に対し厳正な批判を加えることは高度の公益性を有するものと解されること等を併せ考慮すれば、右表現はいずれも、被告において故意に、かつ、専ら原告を中傷誹謗する目的のもとに用いられたものとまでは認め難い。

なお、原告は被告の表現だけを名誉毀損行為として問題にしているが、前記認定のとおり原告は、本件第一事件において被告の名誉を害するような表現を用いており、かつ、本件訴訟においても原告は被告に対して感情的で激しい表現を用い、被告の名誉感情を損なう内容を主張している箇所も認められる(当裁判所に顕著な事実)ことに留意する必要がある。

以上によれば、原告が指摘する被告の右表現が真実であるか否かについて判断するまでもなく、右表現をもって、違法と評価することができないというべきである。

したがって、請求原因5(一)ないし(三)の原告の主張も理由がない。

五  以上によれば、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

(裁判官 志田原信三)

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